大野会計コラム

新・事業承継税制「特例措置」における注意点

2018.08.08

事業承継税制について

はじめに

今年の税制改正で大幅に見直しがされました新・事業承継税制は、条件を満たすと、自社株の贈与・相続した全株の税負担が最終的に全額免除されるという画期的なものとなりました。
中小企業の経営者からは、「税制のハードルが既存の制度より低くなり、使い勝手が非常によくなった」という声をよく聞きます。
しかし、一方で税金面だけにとらわれますと実際の事業承継では新たな問題点も発生する可能性もあり、その点を指摘したいと思います。

(1)新・事業承継税制「特例措置」の5つのメリット

今年の税制改正で新たに導入された事業承継税制(以下「特例措置」という)は、既存の事業承継税制の「特例措置」としての位置付けで、既存の税制も「一般措置」(以下「一般措置」という)として存続しますので、今後10年間は、新旧2本立てで存続することになります。

「特例措置」のメリットを「一般措置」と比較しながらご説明させていただきます。

  1. 「一般措置」では、先代経営者の持ち株のうち、発行済み株式総数の2/3まで、80%が相続税の納税猶予・免除(2/3×80%=約53%)でした。そのため後継者は事業承継時に多額の贈与税・相続税を納税することがありましたが、「特例措置」では、発行済み株式総数の全株式について、贈与税・相続税の全額が納税猶予・免除されるようになりました。
  2. 「一般措置」では、事業承継後5年間の雇用平均が8割未達の場合、猶予された税額全額を納付しなければなりませんでしたが、「特例措置」では、5年間の雇用平均の8割未達でも猶予は継続される(注)ようになりました。
    (注)ただし、認定経営革新等支援機関(税理士等)の指導を受けた理由書を都道府県に提出する必要があります。
  3. 「一般措置」では、対象となるのは、一人の先代経営者から一人の後継者への贈与・相続された場合のみでしたが、「特例措置」では、親族外を含む複数の株主から、代表者である後継者(最大で3人)への承継も可能になりました。
  4. 「一般措置」では、後継者が自主廃業や売却を行う際、経営環境の変化により株価が下落した場合でも、承継時の株価を基に贈与・相続税が課税されるため、過大な税負担が生じましたが、「特例措置」では、売却額や廃業時の評価額を基に納税額を計算し、承継時の株価を基に計算された納税額との差額を免除されることになりました。
  5. 「一般措置」では、60歳以上の父母又は祖父母から、20歳以上の子又は孫への贈与が相続時精算課税制度の対象でしたが、「特例措置」では、60歳以上の贈与者から、20歳以上の後継者への贈与を相続時精算課税制度の対象(贈与者の子や孫でない場合でも適用可能)とし、範囲が大幅に拡充されました。 以上の「特例措置」を受けるための手続きとしては、「承継計画」を会社が作成し、認定経営革新等支援機関(税理士等)が所見を記載、今後5年(平成35年3月31日)以内に都道府県に提出し認定を受ける必要があり、適用期限は、10年(平成39年12月31日)以内となっています。また、「承継計画」に変更があれば、平成39年12月31日までなら再提出が認められます。

(2)新・事業承継税制「特例措置」における3つの注意点

今まで自社株の承継に頭を悩ませていた中小企業の経営者にとって、今回の「特例措置」は信じられないほどの優遇税制です。
しかし、税制だけを優先して事業承継を進めると結果的に家族間で大きなトラブル等が生じる恐れがあります。
これらのトラブルを防止するためどうすればいいか?注意すべき点を3つに絞り、以下のとおりご説明させていただきます。

  1. 自社株式を後継者に集中させることによるトラブルの可能性。
    「特例措置」では、自社株式を先代経営者のみならず親族・他人も含め後継者に全部贈与しても実質無税で承継できます。確かに後継者へ自社株を集中することは会社の安定化のためには重要な事ではあるかもしれませんが、そもそも自社株は相続財産である以上、他の兄弟等の相続人に納得してもらうことが重要です。自社株を相続発生時に遺留分から除く「除外合意」がありますが、他の相続人の取り分が大幅に減少するこの制度に心から納得できる人は少なく、「除外合意」は家族間のトラブルになる可能性があります。税務はあくまで事業承継の一要素であるあることを十分に認識され「特例措置」を使う前に関係者間で十分に話し合って合意することが重要だと思います。
  2. 「特例措置」(10年間の時限立法)が継続されない可能性。
    まず「承継計画」を今から5年(平成35年3月31日)以内に都道府県に提出しなければなりませんが、自社株の贈与の実行は今から10年(平成39年12月31日)以内にしなければなりません。

(注)相続税の納税猶予の場合は、5年(平成35年3月31日)以内に「承継計画」を出していれば、相続税の納税猶予は10年(平成39年12月31日)経過後も適用可能です。 しかし、もし「特例措置」が延長されなければ、その後に使えるのは「一般措置」のみとなり、相続税の納税猶予・免除は、約53%しか使えなくなります。そうなると次の子や孫への事業承継時には、多額の税金が発生する恐れがあります。
「特例措置」が10年後廃止されることを考えれば、全株式を後継者に承継させるのではなく、例えば従業員持ち株会が保有することも検討する必要があります。

  1. 複数の代表者(後継者)間で意見が対立する可能性。
    「特例措置」では最大で3人の後継者が認められますが、全員が代表者でなくてはなりません。複数代表者間の関係が円滑であればいいのですが、一般的に会社は、船頭=代表者が複数いれば経営に関するトラブルが発生する可能性が大きくなります。特に中小企業の場合は、ワンマン経営者が多いため、複数代表者間で意見が対立する可能性が高くなります。

まとめ

以上のように「特例措置」は、自社株の贈与税・相続税に悩む中小企業の経営者にとっては画期的な制度です。 しかし、税制だけにとらわれて半ば強引に事業承継を進めれば、後継者の親族間での争いが生じ、理想とする事業承継ができなくなる恐れがあります。 先代経営者・後継者のみならずその親族が理解し、納得してこそ事業承継が成功すると思います。 そのため、事業承継は、税制だけにとらわれることなく広い視野で考え、実施することが重要だと思います。